戦前から続く小さな旅館・凧屋の別名は文庫旅館。名物の図書スペース「海老澤文庫」には、今は名前しかわからないかつての常連・海老澤氏が寄贈した膨大な蔵書が揃い、若女将の丹家円(たんげ・まどか)があなた向けの一冊をそのなかからおすすめしてくれることもある。
お客様と同じにおいがする=宿泊者にいま必要な物語が不思議とわかる円だが、自分自身はその「利きすぎる」嗅覚ゆえに小説が全く読めないという。
夫や家庭に縛られてきた妻、同性の幼馴染に隠した想いを寄せる青年、妹の遺した子を育てる姉。訪れる人々の人生と文豪たちの作品が交錯し、道が開けていくその向こうで、海老澤文庫の、そして円自身にかかわる秘密も明かされていく――。
「海老沢文庫」という図書スペースがあるにもかかわらず、若女将の円は体質で本を読むことが出来ない。しかし、それゆえ鼻が利くため、旅館に訪れる客人に合った本を進めることが出来る。始めは悩める客人に本を勧めて、客人が前を向いて歩いていくことができるハートフルな作品だと思っていたのですが、違いましたね。四冊目の塾生と塾講師の客人の結末がなかなかにヘビーだったので驚いていましたがラストの五冊目がまさかの展開でした。でも読み返してみると伏線は散りばめられていたんですよね。冒頭の円と曾祖父清の会話や客人透馬が見たユーレイが一人は曾祖父なのにもう一人が生きているはずの円の父だと言っているところとか。祖母は曾祖父母の実の子どもではないくだりも。最後にそういうことだったのか…と唸らされました。確かに清がしたことは人の道に反していたし、海老澤は哀れだと思う。それでも苦労したであろう海老澤の息子が「赦して、手放す」と言ったことで救われたのだと思う。海老澤は最期までツーショットで撮った写真を手放さなかった。それは透馬が見たユーレイが2人一緒にいたことからも関係性が分かるな、と思いました。二冊目の則子のその後も分かって嬉しかったです。
<筑摩書房 2023.12>2024.2.2読了