プロテスタントの牧師、佐伯保。彼は教誨師として月に2 回拘置所を訪れ、一癖も二癖もある死刑囚と面会する。無言を貫き、佐伯の問いにも一切応えようとしない鈴木。気のよいヤクザの組長、吉田。年老いたホームレス、進藤。よくしゃベる関西出身の中年女性、野口。面会にも来ない我が子を思い続ける気弱な小川。そして自己中心的な若者、高宮。佐伯は、彼らが自らの罪をしっかりと見つめ、悔い改めることで残り少ない “生" を充実したものにできるよう、そして心安らかに “死" を迎えられるよう、親身になって彼らの話を聞き、聖書の言葉を伝える。しかし、意図せずして相手を怒らせてしまったり、いつまで経っても心を開いてもらえなかったり、苦難の日々が繰り返される。それでも少しずつ死刑囚の心にも変化が見られるものの、高宮だけは常に社会に対する不満をぶちまけ、佐伯に対しても一貫して攻撃的な態度をとり続ける。死刑囚たちと真剣に向き合うことで、長い間封印してきた過去に思いを馳せ、自分の人生とも向き合うようになる佐伯。そんな中、ついにある受刑者に死刑執行の命が下される……。
大杉さんが亡くなられた後に公開された作品。気になっていたけど内容から少し恐怖も感じて見るのをためらってしまっていました。教誨師というお仕事があるということも初めて知りました。実際に半世紀にわたって死刑囚と向き合い対話を続けてきた方がいらっしゃるんですね。
牧師である佐伯保は6人の死刑囚と月に2回対話をします。死刑判決を受けるくらいですから相当の罪に問われているわけで、だから簡単に自分の心をさらけだすわけでもありません。それでも毎回何があっても定期的に訪れて話を聞く姿勢が受け入れられていったのか、徐々に心を開く死刑囚も出てきます。
私は佐伯と同様高宮が怖かったです。自己中心的とあらすじには書かれていますが自己中心的というのとも少し違うような気がします。佐伯が何を言っても攻撃的であざ笑うような態度に見ているこちらも恐怖を感じました。佐伯はそのことで自分の過去と向き合わざるを得なくなります。
佐伯が言った「私は高宮さんの事が怖い。それは高宮さんの事を知らないからだ。知らないから怖い。生きることも死ぬことも知らないから怖い。だから私は高宮さんを知りたい。」「生きていることに意味なんてないんですよ。生きているから生きるんです」という言葉に、なぜか私が少し救われたような気がしました。
きっと高宮もこの言葉に少し救われたんじゃないかな。最後に少しだけ口角を上げた笑みが一番純粋な笑みに見えました。初めて拝見した俳優さんですが、素晴らしい俳優さんでした。
高宮の最後の行動に少し救われ、そして佐伯のお陰で平仮名を覚えた進藤が佐伯に渡したチラシに書いた言葉にまた想いは揺れて振出しに戻る。大杉さんの表情がとても印象的でした。
エンドロールは大杉さんが真っ直ぐな道を歩いて行く姿。音は自然の音だけ。もう亡くなっているのだと思うと、このシーンはまた違った印象を持ちます。
もっともっと大杉さんの出演される作品を観たかったです。もっとしわしわのおじいちゃんになった姿の役も観たかったです。生きるとは何か、死ぬとは何か、罪とは何か。答えは簡単には出ないけど考えさせられる、余韻の残る作品でした。