「凡庸な二代目」として描かれることの多い徳川秀忠。確かに彼は、関ヶ原に遅参するという失態を犯して以来、家臣団の無礼な態度にもじっと耐え、六歳年上の正妻・江に気を遣って側室も持たず、二代将軍になってからもお飾りに甘んじて、実権を握る父・家康にひたすら平伏し続けてきた。しかし偉大な父親が死ぬと、彼は仮面を脱ぎ捨てて、苛烈な大名統制策に乗り出す。最終的に潰した大名家はなんと四十一家。類稀なる忍耐力と、容赦ない政治手腕で徳川幕府二六〇年の基盤を築き上げた、知られざる二代目将軍の生涯。

秀忠の印象は確かに薄めですよね。関ヶ原の戦いで遅れたために参戦できなかったということと、信康が生きていれば…みたいなことを言われたっていうエピソードばかり出てきますけど(笑)でも最近は見直されていて、家康の陰に隠れてしまっているけど有能な将軍だったと言われてきていますよね。
家康が生きている間は口を出さず、家康が無くなると同時に掌を返すとかその待つ姿勢はまさに家康のの血が流れているなという気がします^^;
偉大な父を持ち、頭が上がらない妻を持ち(笑)それでもしたたかな政治を行ってきた秀忠は有能な将軍だったのだと思いました。

<幻冬舎 2011.4>2023.6.5読了