正欲
朝井リョウ
新潮社
2021-03-26


あってはならない感情なんて、この世にない。
それはつまり、いてはいけない人間なんて、この世にいないということだ。
息子が不登校になった検事・啓喜。
初めての恋に気づいた女子大生・八重子。
ひとつの秘密を抱える契約社員・夏月。
ある人物の事故死をきっかけに、それぞれの人生が重なり合う。
しかしその繋がりは、"多様性を尊重する時代"にとって、
ひどく不都合なものだった――。
「自分が想像できる"多様性"だけ礼賛して、秩序整えた気になって、そりゃ気持ちいいよな」
これは共感を呼ぶ傑作か?
目を背けたくなる問題作か?
作家生活10周年記念作品・黒版。
あなたの想像力の外側を行く、気迫の書下ろし長篇。

読み進めていて途中まで、いつもの朝井作品のように人間模様が怖いなーえぐられるなーと思いながら読んでいたのですが。後半はいつもと違う感情が押し寄せてきて、読み終えた後もずっと考え続けています。こんなことは初めてです。
正欲。正しい欲ってなんなのでしょう…。
食欲、睡眠欲、性欲。人として当たり前に持っていると思われる欲。でもそれが万人に共通しているなんてありえない。そしてその大きな枠組みに入らない人もいる。日本はマイノリティに対して厳しい国だから、その大きな枠組みに入らない人たちに対して冷たい。そのマイノリティ側に入る人たちも自分はそうではないとひた隠しにしている人もいる。
でも、人の欲なんて本当に人それぞれで、犯罪でなければその欲望の赴くままに生きていったっていいはずだ。でも、それが出来ない。
犯罪でなければ、といったけど、結果犯罪とみなされてしまった。それは大多数の人がそうだと思っているから。そうに違いないと断定されてしまっているから。ほかの考えはないと思っているから。佳道や大也の気持ちを考えると絶望しかない。なぜ絶望なのか。違うといっても、その違う理由を言っても決してわかってもらえないと分かっているから。理解してもらえないから。
ただ、絶望だけではなかった。「いなくならないから」という言葉が救いであり一縷の望みでもあったと思う。本当の理解者が近くにいてくれるってなんて心強いんだろう。周りが罪人だと思っていても、1番近くにいる人が、自分を罪人ではないのだとちゃんと分っているってどれだけ救いだろう。
恋愛での結婚ではなく、同志同士の結婚って良いなと思いました。
私も多分どちらかというとマイノリティ側の人間だから。でもそれが間違いだとは思わない。私は私。私の欲は私だけのもの。でも、それなら私の欲って何だろう…?読み終えてからずーっとループしていて頭から離れません。
万人におススメする作品ではないと思います。でも私は、傑作だと思いました。
ただ一つだけ。個人的に大好きな「耳をすませば」と聖司君の名前の出方がすごく嫌だった。私の大好きなあのシーンが嘲笑のネタみたいになっているのがショックでした。それだけ。

<新潮社 2021.3>2021.4.27読了