きのうの世界
きのうの世界
塔と水路がある町のはずれ、「水無月橋」で見つかった死体。
一年前に失踪したはずの男は、なぜここで殺されたのか?誰も予想できない結末が待っている!!恩田陸が紡ぐ、静かで驚きに満ちた世界。

久しぶりの恩田さん。こういう恩田さんのミステリ小説は久しぶりでした。
最初の2人称で語られている部分は、自分がM町へ来て、歩いているようでした。
最初の雰囲気は「まひるの月を追いかけて」に似てるなぁと思いました。何だか観光をしているようでした。
でも、そんな気分は最初だけ。だんだん市川がこの町で何をしていたのか、この町にはどんな秘密を持っているのか。気になって気になって。
恩田さんの作品は過程が面白いので、注意深く読みました。
まあ、細かく読まないと、理解できないって言うのもあるんですけどね^^;
事件についてのたくさんの伏線があって、多分全てが1本に繋がっているんだろうなと思ったら、途中で読むのを止めたくなかったし、書き留めておかなきゃ。って思いました。
市川の過去、読んでいて辛かったですね。人と違う能力と言うのは、どんな形であれ、他人が見れば羨ましいんだろうけど、本人にとっては辛いんだろうな。
市川の能力は「The Book―jojo’s bizarre adventure 4th another day」の蓮見琢馬を思い出しました。
彼も、見たもの全てを、辛い事も忘れたい事も忘れられなくてかわいそうだったもんな。
若い女性の末路にはびっくりでした。あんな事になるとは。
それに新村家が関係していると思うと、ぞっとしました。
旧家って、ちょっと怖いイメージがあります…。
弟さんもどうなったんだろう・・・。始末されたのかしら…。きゃ〜。
結末にもそれほど拍子抜けする事もなく(恩田さんごめんなさい)
恩田作品、堪能しました。

〈講談社 2008.9〉H21.1.29読了

ネタバレあらすじを見たい方はこちらからどうぞ。
第1章「捨てられた地図の事件」
「あなた」は塔と水路の町のM駅に到着した。かつての会社の同僚市川吾郎が突然失踪し、1年後この街の水無月橋で死体で発見された。その真実を知るためにやってきた。ここには双子の老女が決まった時間に決まった道を散歩する。そこで、おかしな地図を拾った。
第2章「日没から夜明けまでの事件」
上司が宮司になるために退職する事になった。その送別会の席で突然市川は姿を消した。それに気付かず、私達は2次会のバーへ向かった。そのとき、1度だけ市川の話になる。彼は、一度見たものを忘れずに覚えている事ができるという。それは、悪い事も忘れることが出来ないと言う事。私はそれが怖いと思った。
第3章「溺れかけた猫の事件」
宇津木宏子の喫茶店に見た事のない男性がやってきた。彼は地質調査のためこの街へきたという。この街にある3本の塔に興味を示した。そして、雨の日に必ずこの店にやってくる、猫の話にも。彼は大雨の日、溺れかけた猫を助けていた。
第4章「駅の掲示板の事件」
駅で不思議な掲示板をみた「あなた」は駅員に掲示板について尋ねる。すると、どうやら市川が掲示板を利用していたらしい。始めはピンクの毬の絵、次は尋ね人、次に、線で書かれた鬼とも鹿ともとれる不思議な絵だった。
第5章「紫陽花とハンカチの事件」
虹枝と華代は飼っているトラがいつもと違うところにお皿を隠している事に疑問を持つ。そして、毎回雨の降る日に、玄関にハンカチが落ちている。姉妹は元警察官の幼馴染、辰五郎を訪ねる。
第6章「川沿いに建つ洋館の事件」
「あなた」は塔の歴史に詳しかった田中健三の家を訪ねる。妻が、事件についてを語ってくれた。
第7章「焚き火の神様の事件」
田代修平は高校生。祖父の影響で釣りが趣味だった。そこで行った焚き火に対し、興味をそそられる。焚き火をしていると、不思議な事が起きた。何かの気配を感じるのだ。久しぶりに焚き火をした時、ここの住民ではない男性に目撃される。彼が来たとき、いつもは遠くにいる気配が近づいてきた。
第8章「点と線の事件」
「あなた」が宿泊先へ戻った時、人の気配を感じた。手紙に連れられ、ファミリーレストランに着き、人を待つ。そこに現れたのは、市川にそっくりの男性だった。
「若月慶吾の幕間」
若月は月に一度、一升瓶を持ってふらりと姿を消す時がある。それが何故なのか、自分でも分からない。見えない恐怖に怯えていた。「あいつ」は自分の近くに常にいる。ある日、人が殺された水無月橋を通り、そこに酒をかけた。暫く「あいつ」は来ないと確信した。
第9章「同じ顔をした男の事件」
「あなた」があった人物は市川吾郎の弟だった。しかし、両親が離婚しているため、1度も会った事はないと言う。2人で事件について協力する事となる。
第10章「散歩する犬達の事件」
田中健三は飼い犬ケリーを連れて散歩していた。そのとき、先日この街の歴史について訪ねてきた男性と会う。彼の言っている事に対し、田中は動揺を隠せない。
「市川吾郎の幕間」
市川が自分の能力が人と違うと感じたのは小学生になってからだった。見るもの全てが頭の中に入り、記憶が消えてくれない。そしてそれが他人にはない能力だと知り、市川は絶望する。成長するにつれ、市川は記憶の一部を封じ込める方法を見つけた。母が死の直前、市川と同じ能力を持った人がいる事を教えてくれた。父の母方の家がある場所へ、行ってみようと思った。
第11章「風が吹くと桶屋が儲かる事件」
田代修平は亡くなった男性と話をしたことがあった。彼は、どうやら「丘」にある小屋に住んでいたらしい。「丘」にいくと、先客がいた。同じ高校の下級生で新村和音というらしい。
第12章「井戸と鋏の事件」
3年ほど前、新村和音は大きな法事のため、大叔母の家に来ていた。そのとき、見知らぬ男性が現れ、大叔母を呼んでほしいと言われる。新村家には家紋があった。3本の柱。和音はそれがずっと気になっていた。
第13章「帽子と笹舟の事件」
M駅に勤める各務原猛は、見知らぬ男性に掲示板を利用したいと言われる。始めはゴム毬を探しているという。その後は尋ね人と言って点と線でできた鬼のような絵だった。ふざけていると思ったが、毬をつく少女とこの男の顔が浮かんできた。3年前、車で交差した時に見た男性が彼で、その先にあった家にいた少女が毬をついていた。表札には新村と書かれていたはずだった。
第14章「不吉な電話の事件」
辰五郎は「丘」について調べていた。「丘」にある小屋の持ち主は新村家のものだった。何故、何の利益もなさそうな小屋を、新村志津は購入したのだろうか。田中健三が亡くなった時、志津を見かけ、尾行した。そのとき、志津は辰五郎に「誰かがきたら、気をつけてください」と告げた。それからしばらく経って、あの男のことについて嗅ぎ回る若い女性が現れた。
第15章「彼女の事件」
楡田栄子はキャラメルを頬張りながら事件について考えていた。妹の陽子から市川吾郎について聞いたのは偶然だった。何故か好奇心が高まり、こんな所まできてしまった。自分は何をしているんだろう。そう思いながら道を歩いていると、市川吾郎について話をしている学生カップルとすれ違う。田代修平は吾郎とであったという川原へ、そして新村和音は市川と会ったと言う大叔母のところへ案内してくれた。
第16章「彼らの事件」
先日死んだ男のことを調べていた若い女性がホテルで死んでいた。何故亡くなったのか、警察が調査に入る。田代修平は外でとんでもない光景を目にする。一の塔と、二の塔が燃えていた。
しかし、この日の大きな出来事は、女性の死ではなく、塔の火災でもなく、大雨だった。
第17章「彼らの事件の続き」
雨は一向に止む気配はない。若月慶吾はこの大雨の中「丘」へ向かっていた。あいつに、会えると思ったからだ。予想通りあいつに出会い、若月はこの街の謎を知る。この街は、浮島だった。
和音は、大叔母に言われたとおり、塔へ向かっていた。塔は壊すために建てられたと大叔母はいう。ここに何かが建つと、街が崩れてしまう可能性があるからだった。大雨が降り、水かさがますと、この街は浮かび上がる。雨がやみ始めた時、三本の水柱が立っていた。
雨が上がり始めたとき、志津は初めて市川吾郎と出会ったときのことを思い出していた。彼は、志津の姉と同じ能力を持っていた。姉と同じような症状である事も覗えた。市川吾郎は、自分の末路も、この街の秘密も、全て分かっていた。
第18章「私の事件」
この地にやってきて、自分は幸福だと感じる事が増えた。この小屋に住んでいたら、新しく情報を得る事もない。高度情報化社会になり、こんなにも情報が錯綜する世界になるとは思っていなかった。自分の中の限界がきはじめていた。自分のルーツであるこの地で、最期の時を過ごす事に決めていた。失踪という形で出て行った仕事と家のこと。上司だった櫛田についてを思い返す。送別会の時に飲みすぎたのか、M町の略図が浮き上がってきた。頭の中のイメージが抜けず、ようやく抜け出した時には、志津に、M町の丘にある管理小屋を借りる事を申し立てる連絡をしていた。M町にやってきて過ごしているうち、悪戯心が沸いて来た。町の人たちは、この町の秘密についてどれだけ気付いているのか。かまを掛けてみたくなった。
第19章「水無月橋の殺人事件」
男は寒さや痛みを感じなくなった。ついに、このときがきたのだと悟る。自分の身体の後ろに、自分がいる。この不思議な感覚のまま外へ出た。水無月橋にガラスの破片が散らばっている。もう一人の自分が見える若月慶吾が起こした事だった。吾郎の肉体は崩れ落ち、そのときに破片が腹部に刺さってしまう。それを引き抜き、ガラスの破片を川へ捨てた。次第に吾郎は意識がなくなる。ようやく何も心配せずに眠りにつける瞬間だった。